それは1本の電話から始まりました。「三陸海岸の宮古という町に、素晴らしい水産加工品をつくる会社があるんです。復興のために力になりたいと思っているのですが、岩佐さんのところでなにか考えられないでしょうか」
電話の声は料理研究家の冬木れいさん。「これから三陸の魚は放射性物質の影響で大変でしょうけれど、山根さんのようなこころざしと加工技術をもった方には、なんとしても生き残っていただきたいと思っています。自遊人のオーガニック・エクスプレスで販売してもらえたら、山根さんも喜ぶのではないかと思いまして」"山根さん"というのは、岩手県宮古市の水産加工会社、山根商店の社長、山根智恵子さんのこと。三陸名産の鮭やイカ、サンマなどを麴と塩で漬けた加工品や、無添加の干物などをつくっています。
私と冬木さんは、これから三陸の魚はどうなってしまうのか、どうしたら支援できるのか、しばらく話しました。問題は重く、そして深く、そう簡単に答えは出ません。しかもオーガニック・エクスプレスでは放射性物質が微量でも含まれた食品は原則的に扱わないことにしています。山根さんがこれから"どういった原料を使うつもりなのか""どのように放射性物質に対処するのか"が気になります。
「山根さんは、それは本当に美味しい加工品をつくるんです。ですから、私は山根さんに、たとえ宮古以外の魚を使っても、安全で美味しい加工品をこれからもつくってもらいたいと思っています。山根さんに自遊人さんを紹介してもよいでしょうか?」
もちろんNOであるわけがありません。
冬木れいさんは、"健康志向の家庭食"を研究テーマに、料理研究サロン「大きな竃」を主宰しながら各種のレシピ開発・商品開発などに広く活躍する料理研究家。10年に渡り地方食材のフィールドワークに取り組み、特に岩手の食材に精通しています。
自遊人の取り組みにも深い理解を示してくださり、夏には自遊人が作る田んぼ「自遊田」を見に、はるばる魚沼オフィスを訪ねてくださいました。写真はそのときの様子です。
その数日後、私のもとへ山根商店から干物や塩辛などの加工品が届きました。さっそく会社の厨房で調理して、スタッフみんなで試食しました。冬木さんが言うように、それは素晴らしい涙がでるような味でした。通常、加工品は"この一品は美味しいけれど、ほかは今ひとつ"ということが多いのですが、山根商店の加工品はハズレがないのです。「どれを食べても、しみじみ美味しいねぇ。素材が本当にいいんだね」「ほんのりとした塩加減が絶妙ですね」「魚の臭みや脂の酸化した臭いとかがまったくありませんね」届いたサンプルはあっという間になくなってしまいました。化学調味料を一切使っていませんから、魚の旨みが生きています。そして化学調味料を使わないということは、素材がなによりよくなければいけません。加工品は原価を抑えるために、一般的に"今ひとつ"な原材料を使います。でも、山根商店の原材料は、どれも、かなりいいものを使っているのです。「これは一度、宮古に行かなければいけないね」そこにいた皆が「うん」と頷きました。
でも、それからしばらく、宮古へは行けませんでした。なぜなら私たちはお米の放射性物質検査と土壌検査に追われていたからです。当社のシンチレーション検出器はフル回転で、一台では足りないほどの状況です。さらに微量でも放射性物質が含まれている可能性のあるものはゲルマニウム半導体検出器による検査に出しています。私たちは、どんな地域がどの程度汚染されていて、お米にはどの程度の数値が出るのか、その分析に追われていたのです。
そして11月末になって、やっと全国の土壌汚染の実態が見えてきました。と同時に、私たちの次の関心事は"海"へと移っていったのです。
11月29日、私たちはやっと宮古を訪れることになりました。
三陸産の魚の干物、イクラと鮭の「紅葉づけ」など『山根商店』の商品をスタッフ全員で試食。どれも、いい素材を選んで作った、本当に美味しいものばかりでした。
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